RM_horseの競馬コラム

競馬についてあれこれ書きます。

ディープインパクトが他に残してくれたものと、個人的な想い。

 

追悼ディープインパクトと題して、現役編と種牡馬編の2つの記事を書かせていただきました。↓↓↓

 

追悼ディープインパクト 〜現役編〜

追悼ディープインパクト 〜種牡馬編〜

 

今回は上記コラムに書ききれなかったディープインパクトの功績を書かせていただきます。

最後に私のディープインパクトへの想いを書かせていただきます。

 

 

・接着蹄鉄の実績

ディープインパクトは生まれつき蹄が薄く、さらに走る馬の宿命というべき

蹄のすり減りが早く、皐月賞後には釘を打てる箇所が無くなっていたのです。

 

そこでディープインパクトの装蹄を担当した西内荘氏は、

クッションの役割を担うシューライナーを貼り、

その上にエクイロックスという接着剤で蹄鉄を固定する手法を取りました。

 

それまでは蹄鉄を接着剤で固定した馬は走らないのがある種通説だったようですが、

ディープインパクトの活躍によりこの手法が広がりました

 

これは装蹄師の西内氏の功績が大きいですが、

ディープインパクトが前例を作ってくれたおかげで広まったことで

その後の多数の蹄の薄い競走馬の助けになりました。

 

 

・海外への血の広がり

種牡馬編で記したように、ディープインパクトは海外でも評価されています。

そのためディープインパクトと種付けをするために、

海外から牝馬が種付けの為にやってくるようになりました。

 

実際、今年のディープインパクトの種付け頭数は20頭程度とのことですが

大半は前半にやってきた海外の繁殖牝馬のようです。

 

従来はなかなか評価されなかった日本の馬ですが

ディープインパクトはしっかりと評価されて

海外でも産駒の広がりを見せているのは素晴らしいことだと思います。

 

 

・頸椎手術の症例は後に生かされる

ディープインパクトは首の痛みのため今年の種付けを中止し、

療養の後に頸椎を固定する手術を受けています。

この手術は日本では症例がなかったようですがアメリカでは症例があり、

手術自体は成功しています。

翌日に手術箇所とは別の箇所の頸椎骨折が判明し、安楽死の措置となりました。

 

先に申し上げておくと、お金を稼ぐために種牡馬として働いてほしいから

無理矢理に手術をした結果だろうとか、そういう声もあるようですが

それは想像力が足りないと思います。

 

もちろん、来年以降種付けが出来ればベストでしたが

種牡馬を引退して余生を過ごすためにも治療は必要でしょう。

死亡するリスクがあるなら手術をやるなという話も出てきましたが

アメリカで成功率が高い手術でしたし、実際に手術自体は成功しています。

それとも生きるために痛みに苦しんでいろとでも言うのでしょうか?

 

ディープインパクト今回の症例は確実に今後に生かされるものです。

今後、首の痛みに悩まされる種牡馬、競走馬の参考になるはずです。

 

 

・種付け頭数の考え方の提起

ディープインパクトは毎年200頭を超える種付けをしていました。

死去の際に社台SSの徳武氏は、種付け頭数の多さが

今回のケガにつながったと言われればそうかもしれないと話しました。

 

再度先に申し上げておくと、この話を持って人間のお金稼ぎのために

ディープインパクトが酷使されてかわいそうと批判するのは

短絡的と言わざるを得ません。

社台SSは身体的負担を考慮して、種付け料を非常に高く設定し、

頭数を絞ろうとしていました。

2018年、2019年のディープインパクトの種付け料は、

サンデーサイレンスの最高額の3000万円を大幅に超える4000万円に設定されていました。

それでも人気が高いディープインパクトの種付け希望は減らなかったのです。

物理的な限界の頭数はあるものの、基本的にお金を出せば種付けは出来てしまいます。

意図的に絞るにしても、種付けを断る断らないによって不公平感が出てしまいます。

 

これを機にシンジケートを組む段階から契約で決めておくなど

種付け頭数の増加を配慮することを考えるようになればいいと思います。

特に日本でも相当の種付けをして、夏にシャトル種牡馬として南半球に行っている

モーリスやリアルスティールはかなり心配です。

 

しかし、種付け頭数も年間200頭なら危険で、100頭ならある程度大丈夫などといった

基準のようなものはありませんから、難しい問題ではあります。

 

しかし、サンデーサイレンス以降、人気の種牡馬は年間200頭以上の種付けをするのが

当たり前になってきており、考え直すことも大事だと思います。

 

 

 

・私の競馬遍歴と、ディープインパクトへの想い

 

■現役時代の記憶

ディープインパクトが現役で活躍した2004年から2006年、私は高校生でした。

当時はまだ競馬観戦をしておらず、さらにテレビを見る機会がほとんど無かったので、

しばらくはディープインパクトを存じませんでした。

 

しかし、日本ダービーを勝った頃でしょうか。

普段あまり競馬が登場することが少ないスポーツニュースでも

しきりにディープインパクトが登場し、3冠達成の頃は

一般のニュースに出るようになっていました。

ピークは凱旋門賞の挑戦だったと記憶しています。

連日ディープインパクトの様子やライバルの情報等の報道がなされ

日本中が文字通りディープインパクトの挑戦を見守っていたようでした。

 

報道のおかげもあり、ディープインパクトを知らない人はいない状態になりました。

引退レースはちょうど冬休みで生中継を見ていた記憶があります。

コーナーから進出して加速していく姿に、競馬を知らなかった私でも

あまりにも強すぎると感心しました。

 

 

■競馬をはじめてからのディープインパクトの存在

それからしばらくして5年半ほど前、友人の誘いではじめて競馬場に行きました。

もともとプロ野球セイバーメトリクスのデータを見て、

翌年の成績を予測するのが好きだったように、何かのデータを見るのが大好きでした。

そんな私は競馬にハマるまで時間はかかりませんでした。

すぐに月一回程度ウインズに通うようになり、競馬に魅了されていきました。

 

競馬新聞を買うと、ディープインパクト産駒には

必ずと言っていいほど印がたくさんついています。

そしてその人気に応えることが多かったです。

 

お父さんと同様に、末脚を生かして伸びていく馬が本当に多いです。

やっぱり競馬はブラッドスポーツなんだな、

お父さんに似る馬が多いんだなと実感されてくれました。

競馬を知っている人からすれば当たり前ですが、

素人がそれを実感できる機会はなかなかありません。

 

ディープインパクトには競馬の基本と楽しさを教えてもらったと思っています。

現役時代は競馬をほとんど見ていませんでしたが、

それでもディープインパクトは好きですし、

ディープインパクトが中傷されているとカチンときます。

こんなコラムを書いたこともありました)

 

 

ディープインパクトはこれからも生き続ける!

競馬評論家の亀谷敬正氏が、こんなツイートをしていました。

 

 

非常に共感しました。

血統評論家を自称する亀谷氏ならではの表現です。

ディープインパクトはもういませんが、

まだデビューしていないディープインパクト産駒はたくさんいますし、

その後も血統表の中で生き続けるのです。

 

血統は競馬の魅力の1つです。

将来ディープインパクトの現役時代を知らない人が競馬にハマった時に

血統表にあるディープインパクトの名前を見て、

「このディープインパクトってどんな馬だったんだろう」

と調べるわけです。

そうして昔の馬を知る機会になり、リスペクトが生まれ、

競馬がどんどん好きになるのです。

 

私の場合、ディープインパクトは知っていましたから

トニービンとかエアグルーヴとかサクラバクシンオー等、

よく血統表に出てくる馬を調べました。

 

人の死はみんなに忘れられた時、という言葉があったと思います。

(漫画ワンピースで有名らしいですが、誰が言い始めたのかはわからなかったです)

 

ディープインパクトその血が途絶えない限りは

血統表の中にあり、皆忘れないでしょう。

彼の馬生が幸せだったかどうかはわかりませんが

今後少なくとも数十年は忘れられないというのは幸せなことだと思います。

 

 

 

 

湿っぽい話はこの辺にして、ディープインパクト並びに競走馬への感謝を忘れずに

今週もまた競馬を楽しみましょう。

読んでくださり、ありがとうございました。